【特別協賛】松浦英引退試合。多くの仲間に囲まれた、最後の舞台。

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このギャラリーは、6月27日にコナミスポーツクラブ本店にて行われた、リガーレ東京・松浦英の引退試合の様子をまとめたものです。

FUTSAL PIXも協賛という形で、このイベントをサポートさせて頂きました。

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松浦英、という選手。
関東リーグ伝説のチームであるシャークスにて活躍を見せると、ステラミーゴいわて花巻へ移籍し、Fリーグデビュー。第2回のアジアインドアゲームズでは日本代表として1ゴールを記録し、存在感を示した。

2008年、東京都リーグのデルソーレ中野に合流してから、関東1部のリガーレ東京(旧デルソーレ)まで8年間プレー。昨季終了後に現役引退を発表し、この日の引退試合を迎えるに至った。
フットサル黎明期からフットサル界を引っ張ってきた、重要な選手の1人だ。

昨季、リガーレ東京は初の関東リーグ優勝を達成し、全日本選手権全国大会にも出場。地域チャンピオンズリーグでは準優勝と、チームとしては過去最高の成績を残した。

松浦は関東リーグ終了時、密かに引退を決意していたが「まだチームを動揺させたくはない」とその想いは伏せたままでプレーを続行。
地域チャンピオンズリーグ、全日本選手権と全国での戦いを終えた後、引退を発表。長かった競技フットサル選手人生に、区切りを付けた。

松浦は近年、関東リーガーとして日々戦いを続けてきた。プロではなく、アマチュアの選手として。

文字だけ見れば、たかがアマチュア選手の引退、と思う方もいるのかもしれない。
しかし、松浦が周囲に与えてきた影響、フットサルを通して築き上げた信頼の大きさを、この引退試合を見て改めて感じる事が出来た。1人の重要な選手の、最後の舞台としてふさわしいイベントだった。

この引退試合を中心となって企画し実行に移したのは、MCテディこと稲葉哲也氏。
フットサル界だけに留まらず多方面で活躍を見せている稲葉氏は、松浦の親友として、長くに渡って彼のフットサル人生を、その傍らで見てきた。

「大袈裟かもしれないけど」と前置きしながらも、「あと10歳若かったら、もっと代表でもバリバリやってんじゃないかな。と思う」と、松浦の事を誰よりも評価している。

「友達だけど、フットサルプレーヤーとして尊敬してるよ。しっかりやることはやるし、ふざける所はふざけるし。フットサルに関しては人に厳しい事も言うけど、それ以上に自分に厳しい。強い気持ちを出しながらも、チームのバランス取って、良い所で点取れる選手っていそうでいないからね。マツが5人いても勝てないかもだけど、マツみたいな選手が1人はチームにいないと、絶対勝てないと思うよ」

稲葉氏は「友達だからっていうのがあるから、言い過ぎかな」と笑いながら話すが、近くで松浦のプレーを見てきた印象はよりリアルなものだ。

会場にいる人間だけでなく、その場に来れなかった選手からも多くのメッセージが届いた。
ミスターフットサル・上村信之介選手、シャークスや花巻を率いたパコ・アラウーホ監督、デウソン神戸の岡崎チアゴ選手など・・・日本フットサル界を代表する面々からの言葉が、会場に伝えられた。中でも指導を受けたパコ監督からは「マツは私が指導してきた選手の中でも、最も印象に残る選手だった」と、最大の賛辞が送られている。

試合の後には、松浦の関係者たちから花束が送られた。最後に花束を渡したのは、松浦の選手人生を見守ってきた、両親からだ。それを目にした松浦の目に、涙が溜まる。家族との絆もまた、フットサルを通じてより深めて来たのだろう。

送られた花の品種名は「リガーレ」という。

最後には、観客、選手たち全員で記念写真を撮り、引退試合の幕を下ろした。
松浦は「周りの人の支えがあって、フットサルを続けてこられたという事を、今日特に感じる事が出来た。本当に感謝しかない」と話していた。
引退後については「リガーレではコーチとして、勝つ気持ち、今までの経験を伝えていきたい。地元品川区でも松浦に教えてもらったという子が、Fリーガー、日本代表になる、そんな子が生まれれば良い」と、指導者としてもリガーレや地元地域へ貢献していくつもりだ。

多くの人に愛された選手が、引退を迎えた。

しかし周囲は「どうせまた復帰するのに」と笑顔で話す。それだけフットサルに対する熱い想いを、今もなお松浦から感じるのだろう。

実は筆者としても、ちょっとだけそれが実現すれば良いのに、なんて思ってしまうのだ。

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